孫子「始計」から
原文)兵者詭道也、故能而示之不能、用而示之不用、近而示之遠、遠而示之近、利而誘之、亂而取之、實而備之、強而避之、怒而撓之、卑而驕之、佚而勞之、親而離之、攻其無備、出其不意、此兵家之勝、不可先傳也、
書き下し文)
兵とは詭道なり。故に、能なるもこれに不能を示し、用なるもこれに不用を示し、近くともこれに遠きを示し、遠くともこれに近きを示し、利にしてこれを誘い、乱にして此れを取り、実にしてこれに備え、強にしてこれを避け、怒にしてこれを撓し、卑にしてこれを驕らせ、佚にしてこれを労し、親にしてこれを離す。其の無備を攻め、其の不意に出ず。此れ兵家の勝、先きには伝うべからざるなり。
(東洋・西洋の古典書籍より引用)
セントラルリーグ優勝チームとパシィフィックリーグ優勝チーム同士の対戦で迎えた今回の日本シリーズ。
まさしく日本球界の日本一を決めるにふさわしい両リーグ優勝チーム同士の対決。
混戦を制し10年ぶりの日本一の座に輝いたのはファイターズでした。
両チームの選手をはじめ、監督・コーチ・スタッフ・球団関係者、暖かい声援を送り続けた両チームのファンの皆様、一年間お疲れ様でした。
さて、4戦を終わって2勝2敗、残り3戦で2勝したほうの優勝という切迫した状況で、大きくその後の展開を分けたのが両軍監督の采配にあったと一部スポーツ紙などにも書いてありました。
実際のところは当事者ではありませんので、起用したくても起用ができなかったチームの事情、サインミスや作戦の成功、失敗などの裏話はわかりませんから触れられません。
したがって日本シリーズに至るまでの過程、データの数字をもとに両チーム監督の選手起用法の違いを考察してみました。
カープは交流戦中の6月前半に首位の座に着きます、8月のお盆前にジャイアンツに一時ゲーム差6まで詰められるもその後は順調に勝ち星を重ね、徐々に2位以下を大きく突き放し9月10日にセントラルリーグ優勝を早々と決めました。
今年の緒方監督の投手起用法の特徴
沢村賞を獲得したジョンソン投手(15勝)・野村投手(16勝)・黒田投手(10勝)が二けたの勝ち星をあげました。
また救援勝利数29からもわかるようにジョンソン投手以外の主戦先発投手は6回前後まで投げ、降板後の2番手以降に登板した投手が継投する間に打線が逆転するパターンが多いようです。
中継ぎ投手の勝利が20勝以上内訳は以下のとおり。
主な救援勝利:ヘーゲンズ5勝・ジャクソン5勝・今村、大瀬良、中崎が3勝、永川・戸田・オスカル3投手が2勝をあげております。
打撃面でもリーグトップ、272のチーム打率(2位はスワローズ256)と盗塁数118(2位はスワローズの86)はセリーグでもダントツの結果でした。
規定打席数達成選手で菊池・鈴木・新井の3選手が3割打者、長打が望める丸・エルドレッド・松山の3選手も290台と高いアベレージを維持してますので、今シーズンのカープは3人の先発投手を柱にし、攻撃面では鈴木・新井・丸の3選手の前に菊池・田中選手を絡めての得点が得意なケース、投打ともにセリーグ他球団を圧倒、充実した成績を収めることができました。
今年の緒方監督の打者起用法の特徴
丸選手が3番打者に固定、田中選手の1番、菊池選手の2番がほぼ固定。
「タナキクマル」という言葉があったように、ほとんどの試合を田中・菊池・丸選手で1・2・3番を不動の打順とされました。
そして、開幕から4番をルナ選手が務めておりました。
怪我で戦線離脱の間は新井選手もしくは松山選手が4番に入る形でした。
ルナ選手が出場できるときは、ルナ選手が4番をこなすケースが多く、再度の怪我により選手起用の変更を余儀なくされる監督として頭を悩ませるケースがシーズン中何度かあったようです。
エルドレッド選手もシーズン序盤から主に5番、怪我から復帰後も基本は5番、シーズン後半は鈴木選手との調子の兼ね合いで6・7番に入ることもありましたがエルドレッド選手が5番⇒後半6・7番、鈴木選手が6番⇒後半は5番を務めています。
捕手は8番、主に石原選手が務め、石原選手と會澤選手を併用して起用されておりました。
緒方監督の基本方針は、対戦相手や好不調によって打順を変更せず打順を固定し、レギュラー選手、それぞれの選手の役割分担がはっきりしている布陣ではないでしょうか?
一方のファイターズは、シーズン序盤から6月後半まで3位、この時点で首位ホークスと11.5ゲーム差。
2位マリーンズと4ゲーム差、ここからチーム記録の15連勝など勝ち星を積み上げていきオールスターゲーム前に単独2位へ浮上、8月25日に一度首位に立つも、勝ち星がホークスを上回るも勝率でマイナス0.5ゲームという聞きなれない状況の膠着状態がつつきましたが、ペナントレース最終局面の9月27日にマジックが再点灯し9月28日に優勝を決めました。
今年の栗山監督の投手起用法の特徴
ファイターズ投手陣で主な先発投手の勝ち星は有原投手11勝・大谷投手10勝・増井投手10勝・高梨投手10勝・バース投手8勝・加藤投手7勝・メンドーサ投手7勝・吉川投手7勝。
中継ぎ・抑え投手では、鍵谷投手5勝・宮西投手3勝・白村投手3勝・谷元投手3勝・マーティン投手2勝・榎下投手1勝。
10勝以上の投手が4人いるファイターズの先発投手ですが、規定投球回数に達しているのは有原投手1人です。
このことから先発投手に勝利が付く5イニング以上の投球にあまりこだわらず、先発投手が調子悪いと察すると早めに中継ぎ投手を起用される傾向がうかがえます。
もっとも、シーズン当初、昨年同様クローザーと期待していた増井投手の登録抹消や先発と期待していたバース投手の成績が芳しくなく、中継ぎ投手として起用していた、加藤・高梨の2投手を先発ローテーションへ急遽移動しなければならなくなったことがうれしい誤算に、最大のうれしい誤算は増井投手が先発転向後7連勝とシーズン途中からの配置転換で10勝を挙げる活躍だったかもしれませんね。
記憶に新しいところでいればクライマックスシリーズの最終戦で大谷翔平選手のリリーフ登板での165km/hのセーブ記録。
先発投手のローテーションがありつつも、2番手以降の起用投手に順番がない栗山監督独自のルールで登板していたようで、思えばこのやり方であったからこそクローザーのマーティン投手が優勝戦線の真っ最中に怪我で戦線離脱をしても対応ができた要因であったのかもしれませんね。
今年の栗山監督の打者起用法の特徴
打線の方でもカープ緒方監督とは大きく違ってきます。
打順の中でほぼ全試合とおして固定されていたのは「4番の中田選手」のみ。
ファールうちの名人中島選手は主に9番・2番で起用されていましたが、1番打者での出場も11試合あります。
中田選手同様、チームの中心選手と監督から名指しされている陽選手、中田選手がわずかに出場してない2試合に4番で出場したこともあったんですね。
開幕あたりは主に1番を打っておりましたが、怪我などもあって3番や5番を打つことが多くなり、大谷選手が指の怪我で後半野手として出場が多くなり3番大谷が定着したあたりからは6番を務めることが多くなりました。
なんと陽選手は2番と8番以外の打順(1・3・4・5・6・7・9)を務めております。
今年のホームランキング、レアード選手でも5番~8番と4つの打順。
規定打席数達成者でチームで唯一の3割打者として、後半1番バッターとして活躍した西川選手も1番・2番・9番と打順が流動的でした。
15連勝の立役者と言われた岡選手や近藤選手、ベテランの田中選手も4番以外の打順で1番から7番までいろんな打順で出場されております。
以上より打順に関しては、中田選手以外の打者は調子のいい選手にチャンスが回ってくるような打順、調子のいい選手を優先的に起用していこうという考えが見えてきます。
「兵は詭道なり」意味は諸説あるようですが、
①相手が利益を欲しがっていればその利益を得やすいように見せ陽動する。
②相手に勢いがあるときは勢いが弱まるまでじっと耐える
③相手が怒り冷静さを失っているときは挑発し相手を混乱させる
④相手が謙虚であるときは驕りたかぶらせる
⑤相手の状況が平穏であるなら疲れさせる
⑥相手の団結力が強いならそれを分断させる
⑦相手が自軍の攻撃に備えていない場所を攻撃する
⑧相手が自軍の進出を予想していない地域に出撃する
「戦略とはその時々の相手の状況に応じて生み出される臨機応変の対応であるから、出発する前からこういう風にして相手に勝つという指示はできないものだ」
プロ野球をテレビなどで見ていると解説の方が「ここはバントですね」とか「ここでストレートはだめでしょ」など、野球のセオリーとか野球の格言などいろいろな野球のお話をされています。
孫子では、戦いにはルールというものがあるようでないものであり、状況状況で常に変化するものである。
したがって、相手に自分が次に何をするかを悟られないようにすること、一方で相手が予測していないこと(相手の状態を把握し「弱い部分」や「油断している部分」を攻めること)が戦いにおいて重要である、したがって「兵は詭道なり」と説いてます。
野球において「セオリー」と呼ばれるものや、「送りバント」「盗塁」「エンドラン」など、展開によって用いられる作戦が多くあります。
しかしながらそのことは当然相手にもわかっていることです。
そこに「プロ通しの駆け引き」という観ているものがわくわくする部分があるわけですが、一方で「どうせまた~だろ」「ここは結局これだろ」と、あるようでないルールが当たり前だと決めつけたり、油断をしているところを突くこと(⑦の文)はもちろん、「このケースで何してくるんだろ?」と思わせることが出来れば試合を有利に運びやすくなります。(③と⑧の文)
最終的に結局のところ、マーティン投手が怪我で戦列を離れた後のファイターズの抑え投手が誰であったのか?
実は誰でもなかったのかもしれませんが・・・答えは栗山監督のみぞ知ることとなりました。
それだけに第6戦で大谷選手がベンチスタートだったことは緒方監督には一層不気味だったと思います。
一方カープは、緒戦(先発ジョンソン投手)・2戦(先発野村投手)の後を今村⇒ジャクソン⇒中崎投手の継投で勝ちました。
のちの4戦も継投パターンが今村⇒ジャクソン投手の継投順番が変わらず、ビハインドゲームでは大瀬良投手、勝ちゲームであれば中崎投手という形でした。
ちなみに気になったのでペナントレースはどうだったのか、カープの接戦の勝ちゲームの継投パターンを調べてみると「今村⇒ジャクソン⇒中崎」のケース、多いとわたくしは感じました。
「兵は詭道なり」にてらし合わせると2戦を終えて「今村⇒ジャクソン⇒(中崎・大瀬良)」投手の継投、以後に関してはファイターズも予測し、準備ができたわけです。(①②⑤の文)
一方、カープはファイターズの継投に関してどこまで予測し準備ができたか・・・。
勝敗の結果は別のところにあったと思いますが、両チームのデーターをとってみると選手個人の成績やチーム打率、防御率は似たようなチームですが、両監督の優勝までの歩みが違うということがわかりました。
相手も味方も予想しないことをする、大谷投手の現在の活躍を見てからもわかるように、誰もやらないことに挑戦する姿勢は栗山監督が就任されてから一貫してました。
今回のコラムを書くにあたって、以下のサイトを参考にさせていただきました。
ありがとうございます。
プロ野球ヌルデータ置き場
チーム成績や選手個人のデータなどかなり細かくとってます。
プロ野球2016の順位変動グラフ